この4日間,いろんな人が集まる中,叔母の家で殆どの時間を過ごした。
とにかく自分が今できることは何だろう?と。それは果てしなく続くお茶出しと片付け。
それと。
お昼間はいろんな取り決めとお客様とお話していて,静かに感傷に浸っている時間もないくらい忙しい家族達に身体を休めてもらうために夜中に起きていることくらい。
お手伝いの人が揃ってるお昼間に自宅に帰り寝るせいか,あまり寝ていない。
カミュキチの顔もちゃんと見ていなかった。
自宅にいる姪が心配なので時々電話すると,電話越しにカミュキチの気が狂わんばかりの泣き声が聞こえていてずっとずっと気掛かり。私が帰ると鳴いてないことから,私を呼んでいるんだな~と。めちゃめちゃ愛しくて,かわいそうなことをしていた。
8日にお通夜。今日が告別式。
北海道のニセコにてジプシーのような生活を愉しんでいる同い年の従兄弟(次男)も帰ってきたり,札幌の親戚。かおりよんの旦那さんのご両親。父方の兄弟姉妹(・・・の一部。)と甥や姪にあたる人たち。(私とは従兄弟姉妹という関係。)
普段は会わない親戚がたくさん集まる。お話をする。
こゆ場合,連れがいないと居場所に困ったりする。
縁起でもないが自分の家族内のことだったら,スズキに来てもらうことができたと思うけども…。叔母も父も,呼びなよと言ってくれたけども…いろいろ思うことあってやめておいた。私以上に居場所のなさを感じるのはスズキなのだ。他人だらけだものね。
居場所のなさはジジびの子供であるサスケが癒してくれた。
自宅の部屋ではカミュキチが癒してくれた。
夜は必ずスズキと電話をするのだけど「あの場でもカミュキチが居たら寂しくない。」などと言ってしまった(笑)。私の周りを引っ付きまわるカミュキチの図な話を誇らしげにスズキや猫好きの方達にお話してるけど,引っ付き回っているのは私の方かもしれない( ̄▽ ̄)ゞ
育ててるとか飼ってるじゃなくて,自分のために居てもらってる気さえしてくる。
ひとりが好きと言いながら,大勢の中でポツンとしてるのは寂しいな~なんて思う自分がいて。だからっつーて肌が合わないってわかりきってる場所へ取り入るのも……自分自身が哀しくて。ひとりでいるのが楽だと思うのに。
そゆ環境を作っているのは自分自身なのだから,割り切れ!!と思うのだ。が。
自分が腹立たしい。
年末からこんなことを思ってばかりだ。
克服するべきカルマなのだろうか。
とりあえず美恵子の家にいなきゃいけない雰囲気なので,居場所はなくとも居る。
たとえやることはなくとも居る。
こんなゆっくりとした機会がなきゃ話さないようなヒトとお話をしてみようと思った。ずっと人間性を疑問に思っていた母方の叔父。姪の分際で(笑)。単なる口下手なのか,考えてはいるけど要領が悪いだけなのか,それとも全く何も考えてない(考えるという回路がない)ヒトなのか…本当はどうなんだろう?自分で見極めてみようかな~なんて思って辛抱強くお話してみた。
…1時間ほど話した。
口下手は口下手なりに“伝えようとする思い”は伝わってくるものだし。こちらもその思いに応えようと聞き出す努力はするんだ。時間はたっぷりあるしね。
だが。
ズバリ得るものなしであった。なーんも伝わって来ない。訊いても考えてないから言葉出てこズ。あまりの空虚な会話にイライラを感じるほど。あるのは本能だけなわけ?!
愚痴にしてもそのヒトの考え方,測り方ってものが見えるから聞いていられる部分はあるものだ。意見が合う合わないに関わらず,そのヒトなりの生き方考え方が見当たらない話ってのはこんなにも退屈なものかと。
多分もうあの叔父とは「会話」しないと思う(笑)。
人間観察をしていた。
うちに良く遊びに来るとってもお世話になってる従兄弟がいて(毎年牛タンをプレゼントしてくれる肉屋の従兄弟。ビーフシチュー作るならタンシチュー作れば?と提案してくれたのがこのヒト。十姉妹を4羽置いていったのも。)その弟さんも来ていた。3人で話すというより,どうも私を介して会話をしている。
後々,母に訊いてみた。
「●●ちゃんと■■ちゃんって,仲…」言い終わらないうちに
「悪いよ。」
…あ,そう(笑)。やっぱり。
数十人を見てきて,相手にされているかされていないかっちゅーのは些細なことから浮き彫りになるもんだなーと。飲み物や食事の心配,「駅まで送っていこうか?」の言葉。遠慮して辞退する人もいるけど,心有るヒトの場合追いかけていくもんなー。
歩いて5分の家でも寒いってだけでうちの父のために車出してくれたりさ。(あたしゃ,そのくらい歩けって言うわ( ̄▽ ̄)ゞ)
いろーんな人間のウズの中にいて。
居場所のなさに寂しい気持ちはあったけど,コレ着てると暖かいよとか,ご飯食べたの?とか,移動の時にウチの車に乗る?って声を掛けてくれたりだとか。
寒い時には暖かいものを,暑い時には冷たいものを先回りして与えてくれようとするアタタカサ。そゆのに触れて,振り返っても絶えずにあることを思って。
寂しがるのは,違うな。と。そう思った。